まっすぐ進む
石を投げると放物線を描いて地面に落ちると言います。これは慣性運動によって直進する物体が重力の作用で曲がることで説明されます。たいていの運動は「まっすぐ進む」状態に、別の方向の力が作用して曲がるように説明されていると思います。したがって直角に曲がったりすることはなく曲線を描いています。
地球楕円体の表面を移動する物体は、概ね自動車か船か航空機です。動力はまっすぐ押し出すのみで慣性力の方向の速度を変えますが、進む方向は舵によって変わることにします。
航空機は水平飛行をしていて、地球楕円体の表面より地心から遠いところを移動しますが、その差は僅かです。脱出速度に迫るようなことは考えません。
通常、移動するというのは、地図のような水平な面を動くことです。
回転楕円体を平面で切った断面は、円か楕円です。断面と言うと「面」を指すように見えるので、あえて截り線や「截線(せっせん)」と書くようです。
平面による截り線は、楕円体と平面の交線であり、楕円体の式と平面の式の連立方程式で表すことができます。
楕円体の表面の2点を含む平面は無数にあるので截り線も無数に引けます。その中から短いものを取れば、フリーハンドで線を引くよりは、2点間のまっすぐな経路に見えます。
球の場合、平面による截り線は、全て円になります。そのうち最大の径の円が大円です。中心を含む平面による截り線で、球と同じ半径です。
球面上の2点を通る大円は2点間の最短距離を表します。この大円を作る平面は、2点と中心の3点で決まり、1つです。
球面上の2点を通る大円は1つですが、2点を含む平面は無数にあるので2点間の平面による截り線は無数にあります。2点間の截り線は全て円の弧です。球の中心を含む大円が球と同じ半径で、それ以外は球の半径より短い半径になります。
なぜ、大円が最短距離になるかは、弧の曲率が小さいほど、あるいは曲率半径が大きいほど、弧は直線に近づくことで納得できます。
大円は最短距離と言うことで、まっすぐな線と考えられます。また、重力方向からも、まっすぐな線です。球の表面の点をPとすると、点Pと球の中心を結んだ直線は、点Pにおける法線で、接平面に直交しています。
2点間の大円上を移動することは舵を切る必要がなくエネルギー消費も最小と考えられます。
摩擦のない水平な平面の上を物体は慣性力で直進します。もし平面が重力方向に対して直交していなければ、物体は坂を下って行きます。
球の大円と、大円上の点の接線、法線を描くと、大円上の進路は水平面を進んでいます。これは航空機でも同じで、エネルギーを使って地表を離れて移動しますが、水平飛行と呼ぶのだと思います。
これに対して、楕円体では、截り線上の点の法線は1点に集まらないので、ねじれた面になります。
捻じれていないのは、経線上を進む場合と、緯線上を進む場合です。
地球楕円体の経線が作る平面上を回ることを考えてみます。楕円体の表面、あるいはその上空を、両極を通って回ります。
この場合は、物体の重心も同じ平面上にあって、左右には振れません。しかし、各地点での法線は1点を指さないので、速度の変化が生じると考えられます。
この極軌道は、速度が変化する以外は、まっすぐ進んでいます。
等緯度の地点の法線は一点に集まるので、それぞれの点を通る経線に沿った接線は捻じれておらず、まっすぐ進めそうにも見えます。
しかし、点Pにおける接平面を描いてみると、垂直に立って、緯線を見下ろして進むことは弧を描く進路です。
緯線と接平面の交線は直線ですが、その上を歩くことは緯線とは異なる軌跡を描きます。
一歩進めば、接平面は新たになるので上手く説明できませんが、地面は水平に見えていて、緯線に対して垂直に杭を打っていけば、最初の杭と最後の杭に糸を張った直線上に、他の杭はないと言うことです。
単純化すれば、緯線上では方位角が一定なので、船や飛行機が舵を一定に傾けて進むことに相当します。
まっすぐ進むことに近いようにも見えますが、エネルギーが最小ではありません。
緯線のうち、赤道上は球の大円と同様に、まっすぐな経路ですが、赤道上の経度差180°の地点は、極を通る経線上の進路の方が短いことは明らかです。
経線上や緯線上を進む以外の経路の、まっすぐな経路は、どう考えれば良いのか分かりません。
この前提になりそうなことを考えておきます。
方位は平面に線を引いて示します。地図の上は北です。
準拠楕円体を使って計算することを考えると、方位は方位角で表されることになります。
準拠楕円体の表面の点Pにおける方位角は、点Pを通る経線が南北の基準になります。北から時計回りに360°測ります。
方位は、点Pの接平面上に線を引いて表します。接平面の法線は経線が作る平面上にあります。法線を含む平面が法平面で、無数にあります。この法平面と接平面の交線が方位盤の方位線です。また、法平面による準拠楕円体の截り線が方位線です。
方位角は、経線が作る平面と法平面のなす角です。
人は点Pでまっすぐ立っていて、いずれかの方位に一歩踏み出してP'点に移動します。点PとP'の接平面は異なり、P'を通る経線を基準にして方位も振りなおされることになります。
一歩踏み出すことは、接平面と法平面の交線上を移動することだと考えます。これは、準拠楕円体の、法平面による截り線上を進むことですが、次の一歩の截り線は新しく決められます。常に同じ方位角を維持すれば緯線上を進むことになるものと思います。
球であれば、慣性運動する物体は大円上を進むであろうことが想像できます。しかし、扁平率の大きな回転楕円体上でビー玉を転がすとどんな軌跡を描くのか、まったく想像が付きません。
諦めて、2点間の経路を考えてみます。
図のように扁平率の大きな回転楕円体上に5種類の線を引いてみました。
地理的緯度 φ の位置は、補助球上の更成緯度 β の点から赤道面に向かって降ろした垂線と楕円体の交点です。
楕円体の表面の2点N、P に対応する補助球上の2点N'、P' を通る大円を描きます。赤道面に向かって降ろした垂線と楕円体の交点を「補助球の大円と同緯度」としました。
点Nにおける点Pを含む法平面による截り線を「点NからPへの法平面」、点Pにおける点Nを含む法平面による截り線を「点PからNへの法平面」としました。
点N、Pを通る直線の周りに平面を回転して、弧NPの長さの最小値を探して「最短弧」を描きました。
また、一般に最短距離とされる「測地線」を引きました。
測地線は、最短弧と交差しています。測地線は他の線と異なり、平面による截り線ではないようです。
弧NP | 長さ |
点NからPへの法平面 | 1.23310 |
最短弧 | 1.23016 |
測地線 | 1.23008 |
点PからNへの法平面 | 1.23042 |
おそらく現代の船舶や航空機は、常に現在位置を把握し、予め設定した航路を進むことができると思います。しかし、衛星測位システムの実用化以前のことを考えると、前述のような計算上の弧の上を進むことはできなかったと思います。
自身の位置は進んだ方向と距離(速度と時間)から割り出すもので、可能なら裏付けとして天測を行ったものだろうと推測します。しかし、それは目標物の無い外洋を航海する場合のことです。生活設備の無い船は、しばしば上陸する必要があり、沿岸部を進んだものと思います。座礁の危険から基本的に夜間は上陸していたのだと思います。
方位磁石の使用は11世紀以降と見られます。クロノメーターは18世紀に実用化されました。1906年(明治39年)に出版された「航海術手本」には「時辰儀測定」とあって船には時計がありましたが、以下のような「測程索」もあって、砂時計が使用されていました。
「扇形板と沙時計とは行船の速力を測る器」とあって、「扇形板に著くる測程索の総長は百五十間許にして扇形板より十間許の長さを贅索とし此処に布帛を結び零符となす、これより一結頭(ノット)毎に細條を著け符とす、結頭(ノット)は一時間に一海里として沙時計の秒数に比して海里を縮めたる尺数」です。砂時計は28秒と14秒のものが多く使われたとあります。
これはハンドログと言う装置の説明で、船速を測って記録することを単にログと言うようです。扇形板はログチップ、紐はログライン、砂時計はロググラスのようです。船首から投棄した丸太が船尾に達する時間を測ったことに始まるようですが、砂時計で時間を測るのは困難に思えます。一定の時間に繰りだされた紐の長さを測ることが長く行われたようです。
結局18世紀まで月食などによらなければ経度を観測することができず、経度は方位と船速から割り出していたのだと思います。
海図に線を引いて、その上を進むことができるようになるまでは、経験的に確立した航路、行程で船は運航していたのだと推測します。地球は概ね球体なので大円上を進むことは当初から考えられたことでしょうが、この大圏航路は実現するすべがなかったのだと思います。これに対して等角航法は現実に行われたことのようです。